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庄司佳代

「 観察の樹/觀察之樹 」 海外開發企劃總監/同步口譯
官網 : www.kansatsunoki.com/ch/

我家的阿嬤小姐

分享與失智症長者共同生活的逸聞趣

10: 那一年,我們一起過的雙十

這次的雙十連假共有三天,不知道各位讀者們有沒有規劃要去哪裡踏青呢?

說到雙十節,我最深刻的童年回憶就是阿嬤小姐帶我去看煙火;那是我第一次,也是唯一的一次,跟阿嬤小姐一起看煙火,是一段特別且美好的回憶。
那一年,我記得我才幼稚園大班,為了某個活動(我甚至忘了是什麼節目)的表演,老師花了兩個禮拜的午休時間教我唱中華民國頌。在我模糊的記憶中,那陣子我好像一直被大家拱上台去演唱中華民國頌。
雙十節當天,阿嬤小姐帶著我到舅舅家吃晚飯,阿嬤小姐為了哄我快點吃飯,就跟我說吃飽後大家要到大廈的頂樓看煙火。說實在的,我並不記得當時的煙火有多絢爛,我只記得在煙火的尾聲,我爬到一個檯子上大聲唱著中華民國頌,而阿嬤小姐在下面用非常慈祥的眼神,一邊看著我唱,一邊拍手,直到唱完後舅舅把我抱下來,為這個難忘的煙火回憶畫下句點。

在日本,夏天也有許多煙火大會(日本稱作花火大會);有一年,我們全家人帶著阿嬤小姐一起去河口湖參加花火大會,但是因為塞車,漫長的車程讓阿嬤小姐身體有些不適,且夏天的傍晚依舊很熱,花火大會的現場又人山人海,讓阿嬤小姐很是焦慮。阿嬤小姐全程都拉著我和媽媽的手,深怕自己會走丟,煙火才開始沒多久,阿嬤小姐就吵著要回家,不想看了。我只好無奈地帶著阿嬤小姐先回車上,等待大家觀賞完煙火。

在我們漫步前往停車場的路上,我不禁開口問道:「阿嬤你不喜歡煙火嗎?」
「那個聲音好像有炸彈要掉下來,好可怕喔……!」
「可是以前在台灣的時候,雙十節不是都會去看煙火嗎?」
阿嬤小姐淡淡地說:「沒有啊,只有一次,是帶著小蜜蜂去まさ(MASA,日治時代舅舅的日文名字)家看的。」
「我記得!」聽到阿嬤小姐的話,我心花怒放,「那次好好玩喔,我在台灣也只跟阿嬤一起看過那一次!」
阿嬤小姐緊緊拉著我的手,看著我的手心說道:「小蜜蜂嗡嗡嗡的,一直亂飛亂跑,我只能一直拉著小蜜蜂的手,不然一鬆手她就飛走了。」
很享受和阿嬤小姐一起聊這段回憶的我,順勢問道:「對啊,那天小蜜蜂不是還有唱歌~」
阿嬤小姐回道:「嘿啊,那陣子幼稚園老師教她唱中華民國頌,結果不管走到哪,教會也好、餐廳也好,只要有舞台她就會跑上去唱歌。」
……奇怪,我難道不是被拱上台唱的嗎?!
「小蜜蜂自己主動跑上台唱歌的?!」我難以置信地再次向阿嬤小姐確認。
「嘿啊,小蜜蜂好愛唱歌喔!青海的草原~」阿嬤小姐像是陷入回憶一般,唱了起來。已經不再是小蜜蜂的我,頓時覺得有些尷尬,不禁追問道:「那煙火大會那天,也是小蜜蜂自己跑上去唱歌的嗎?!」
阿嬤小姐被我這麼一問,突然有點生氣地說道:「對啊!我一鬆手,她就跑上去水塔那邊開始唱歌,把在場的大人都嚇死了!」

奇怪,這段怎麼跟我記憶中的不太一樣?!

我只好陪笑著說,「哈哈,真是個野孩子,可是阿嬤聽完不是還有拍手嘛!」
阿嬤小姐用一個無奈的表情說道:「沒辦法啊,不讓她唱完她就不下來啊!まさ(舅舅)都快氣死了!」「痾,是喔……,那後來呢?」「從那次之後我就再也不敢帶小蜜蜂去まさ(舅舅)家頂樓了啦!」「呵呵……」

回憶這東西,真是奧妙,同樣的人事物,每個人儲存下來的記憶卻都不盡相同。
我依然很開心阿嬤小姐和我有著同一個雙十節回憶,只是一直深埋在我記憶中的美好煙火之夜,對阿嬤小姐而言,卻是一個永生難忘的驚魂之夜罷了。

這時,阿嬤小姐又開口道,「他們什麼時候才要回來?我想回家了。」

編輯 | 李盈瑩

我が家の少女ばあちゃん

10.あの年、私たちの双十節

10月10日は台湾の建国記念日で「双十節」と言います。私は子供の頃、双十節の夜に行われる花火大会がすごく楽しみでした。

今回は、私と少女ばあちゃんの双十節の花火大会の出来事を話したいと思います。それは、おばあちゃんと私が台湾で一緒に見た最初で最後の花火大会でした。そして、違う意味においても私の記憶に残る花火大会となりました。

私がまだ幼稚園の年長組の頃、台湾では建国記念の時期に『中華民国頌』という歌が流行っていて、街中でみんなが口ずさんでいました。私も幼稚園で習って知っていたので、親戚や町内の集まりがあるとステージに上げられ“歌わされていた”記憶があります。

双十節の日、おばあちゃんは私を伯父の家に連れて行ってくれました。「蜜蜂(私のあだ名です)、ご飯を食べたらみんなで屋上に上がって花火を見ようね~」おばあちゃんのワクワクした感じを今も覚えています。私は、正直に言うと、花火がどれだけ盛大で美しかったのか全く記憶にありません。しかし、夜に屋上を走り回り、みんなの前で『中華民国頌』を歌い、おばあちゃんは手拍子で私を応援してくれ、歌い終わった後は「よく歌ったね」と伯父が抱っこをしてくれたことを鮮明に覚えています。素敵な花火大会の思い出として私の記憶に定着していました。

日本では夏にたくさんの花火大会があります。おばあちゃんが日本に来てから、私たちも家族みんなで河口湖の花火大会に行ったことがあります。でも、お決まりの渋滞にはまり、おばあちゃんは長時間車にいるのはやはり辛くて、膝や腰が痛くなり、気分が悪くなり、不安でトイレが近くなり、イライラしていました。ようやく会場に到着してもあまりの人だかり。おばあちゃんは「はぐれたらどうしよう…」とさらに不安になり私と母の手を強く握りしめていましたが、花火が上がった直後には「もう帰りたい!」と言い出していました。私は母に目配せし、おばあちゃんと二人で先に駐車場に戻ることにしました。私は人混みが苦手で、さらにその夜はとても蒸し暑かったので、おばあちゃんを車に連れて行くことを口実に涼みたかったのです。

私たちはゆっくり歩きながら駐車場へ向かいました。途中、私は気になっていたことを聞いてみました。
「おばあちゃん、花火嫌いだったの?」
「音が大きくて爆弾が落ちてくるみたいで怖いよ…」
「でも、台湾で双十節によく花火見に行ったでしょう?」
おばあちゃんは、懐かしい思い出を正確にたぐり寄せるように、ゆっくりと話し始めました
「いや、台湾で花火を見たのは一回だけだよ。蜜蜂がどうしても見たいと言うから、まさ(伯父の昔の名前)の住んでいるマンションで見たの」

「おばあちゃん私そのこと覚えてる! おばあちゃんと台湾で見た花火はあれが最初で最後だったよね!すごく楽しかった! 」

おばあちゃんは私の手をぎゅっと握りしめ、握った手を見つめながら、「蜜蜂はあっちこっち飛び回るからほんと困った子どもだったよ。ずっと手を握ってないとすぐどこかに飛んで行っちゃうからね…」
(あれ? 私はおばあちゃんとの素敵な思い出を語り合いたかったのだけれど…)

「あとさ、蜜蜂は歌ったよね、幼稚園で『中華民国頌』を習ってから、どこに行ってもステージらしき所を見かけると無理矢理上がって歌い出すんだよ」
(…ん? ちょっと待ってよ!私はずっと“歌わされていた”と記憶しているんだけど…)

「ねえ、おばあちゃん、蜜蜂が自分でステージに上がって歌ったの? それともおばあちゃんが蜜蜂に歌ってと頼んだの?」私はタイムスリップ中のおばあちゃんに再確認してみました。
「教会でもレストランでも、目を離したらもう大声で歌っているのよ。蜜蜂は歌が大好きでね~」おばあちゃんはそう言うと、『中華民国頌』を口ずさみ始めました。
(…かなり恥ずかしいんですけど…なんなのこの記憶違いは…)

「あの…おばあちゃん、蜜蜂は花火の日も歌ったよね…」私は確認してみました。
すると、穏やかだったおばあちゃんは、何か辛い思い出を話すように切ない表情でこう答えました。
「そうだよ…あの日は、手を離した隙に塔屋の上に登って突然歌い出したの。周囲の大人たちはヒヤッとしたよ…」
(えっ??? ここも記憶違い?! その場にいた大人たちは私をずっと見ていたけど…それは私を心配し緊張しながら見守っていたってこと…だよね)

私は自分の記憶違いに落胆しながら、あくまで他人事のように言いました。
「ははは…蜜蜂はわんぱくだね。でもおばあちゃんはずっとやさしく微笑んで手拍子してくれたんだよね!蜜蜂はおばあちゃんに感謝だね!」と言うと、おばあちゃんは無念の表情で「仕方ないよ!蜜蜂は最後まで歌わないと絶対にそこから降りてこないもん!もうまさ(伯父)はカンカンだったよ」

「…それでどうなったの?」
「ちょっとした騒動になったから、あれ以来蜜蜂はあのマンションの屋上に立ち入り禁止よ!」
「…あ、そうなのね…」

人の記憶というものは本当に不思議なものですね。同じ時、同じ場所、同じ事を過ごしてきたはずなのに、それぞれの記憶がこんなに違いがあるとは。花火大会に関してはすべて私の記憶違いのようですが…

それでも私はおばあちゃんとの『双十節の思い出』を持っていることが嬉しいです。
私にとってはおばあちゃんとの花火大会の素敵な思い出、そしておばあちゃんにとっては、違う意味で忘れられない花火大会の恐怖の思い出。少し意味が違うだけです(笑)

その時、おばあちゃんは言いました。
「みんないつ戻ってくるの? 私はもう帰りたいんだけど。」

おしまい