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特別企劃

new50 回憶篇〜

(日本語付き)

關於我和阿公的腳踏車的故事〜之一

大約就是在小學五年級的時候吧,我好喜歡騎阿公的腳踏車。不是坐在後座給阿公載喔,我是喜歡自己騎的那種感覺。小小的自己跨上那大台的腳踏車,(因還太小坐不到椅墊)站踩著腳踏車的踏板,腳踏車開始跑的那一瞬間,我平常所看到的風景都不一樣了。對於當時的我來説阿公的腳踏車就像可以體驗當大人的一個裝置一樣。

有一天, 阿公説
「ひこさ(Hikosa–是阿公叫我的小名),把這台腳踏車拿去古董店賣掉好嗎?說不定可以賣到1萬円(日幣)喔。賣掉的錢都給ひこさ, 你可以去買想要的東西喔, 你愛怎麼用就怎麼用。」

「什麽?要賣掉這台腳踏車?那我要!我要騎。阿公不要賣,給我啦!」

「不行不行。ひこさ還小,這台腳踏車太大了。危險。把賣掉的錢存下來,以後存夠了再去買你想要的變速車。」

「ㄏㄚˊ〜可是我會騎啊…給我騎啦!」
「不行!不行!」

記得好像有和阿公不要不要的盧了一下,
但是其實我的心裡一直迴繞著1萬円這句話的旋律。結果還是爽快的答應阿公把腳踏車拿去古董店賣掉。

1萬円♪ 1萬円♪

站踩騎著這台阿公的腳踏車滑去往古董店的下山坡,心情像天氣一樣好的晴空萬里。

待續~

作者|黒坂昌彦 翻譯|庄司佳代  編輯|李盈瑩

 

new50 思い出〜

おじいちゃんの自転車にまつわる物語〜その一

小学5年生の頃、おじいちゃんの自転車に乗るのが好きでした。乗るといっても後ろの荷台に乗せてもらうのではなく、自分で乗るのが好きでした。無骨で大きな自転車にまたがり、立ち漕ぎで走り出した瞬間、いつもと全く違う風景が見えてきます。僕にとっておじいちゃんの自転車は、大人気分を体験する装置のようなものでした。

ある日、おじいちゃんが言いました。
「ひこさ(おじいちゃんが僕を呼ぶときの言い方です)、この自転車を古道具屋で売って来てくれないか。もしかしたら1万円になるかもしれないぞ。それは全部ひこさにあげるから好きに使っていいよ。」

「え?この自転車売っちゃうの?じゃあ僕が欲しい。僕が乗るから大丈夫。僕に頂戴!」

「それは駄目だな。ひこさには大きすぎて危ないよ。売れたお金を足しにして変速付きの自転車を新しく買ってもいい。なんでもいいから好きに使いなさい。」

「え〜普通に乗れてるよー。僕が乗る!」

そんなやり取りを少しした気がします。
でも、僕の脳内には1万円という言葉が強くリフレインしていて、結局のところ割とあっさり自転車を売りに古道具に行く事が決まりました。

1万円♪ 1万円♪
立ち漕ぎで古道具屋に向かう下り坂は凄く晴れやかでした。

(つづく)

作者|黒坂昌彦